数か月前、同僚ドライバーが会社を去っていった。 人間関係がドライなこの職場にあって、周りから慕われ、顔も広いという奇特な人だった。 そういうタイプの人は労働組合の役員に推されるなどして、古参への道を歩んでいくのがパターンだったので、僕はこの…
「昼勤の方ですか?」隣には精悍な面構えの男性。 早朝でまだ頭がぼんやりしていたので、話しかけられるまでその存在に気が付かなかった。 知らない顔だ。 歳は僕より一回りは上だろう。「随分お若いですよねえ。あ~、やっぱりそうですかあ。いいなあ、お客…
その夜、僕は意気揚々と営業所へ帰還した。 総営収56,000円(税込)。 タクシーメーターには"東京タワー → 日光"の片道運賃と同じくらいの売上が記録されている。 我ながら驚異的だと思った。 営業したのはタクシー需要が少ない午前8時~午後6時にかけての10時…
第一志望大学の入試前日、僕は遭難した。 歩けども歩けども目的地にたどり着けない。 EZナビウォークがお寺の壁をよじ登らせるデタラメなルートを新たに示したとき、歩き始めてからすでに3時間が経過していた。 生まれついての方向音痴は自覚していた。 だか…
僕はニートや引きこもりに対して怒りや敵意を抱いたことがない。 社会のレールに乗っていた時期から今に至るまで一貫してそうだ。 軽蔑すらしなかった。 もちろん、同属をわざわざ攻撃したくないという心理も働いている。 自分がニートや引きこもり側の人間…
新卒時、僕は就職活動に成功した。 いや、成功なんて表現は大仰か。 とりあえず、就職留年せずにどうにか内定を確保できた。 就職氷河期の真っ只中だったことを考えれば、我ながらよくやったと思う。 大学4年の秋になってもリクスーを脱げずにいるクラスメー…
これまでの人生において僕が一番頭を使っていた時期。 それは受験生時代でも、サラリーマン時代でもなく、間違いなくあのニート時代だった。 脳ミソをオーバーヒート寸前まで回転させ、有り余る時間を使い尽くしていた。 家からほぼ一歩も出ずにだ。 一発逆…
ニートからタクシー運転手へと舵を切るにあたって不安がないわけではなかった。 というか、不安しかなかった。 なにせ、この仕事に関するネガティブ情報が世の中に溢れすぎていた。 タクシー運転手への暴行事件が年に一度はワイドショーで取り上げられ話題に…
「あの地獄のようなニート時代は悪い夢だったんじゃないか」 そんなふうに思うことがよくある。 のべ10年弱もニート生活を続けてしまった僕が、ある日突然、生活自助できるようになり、今日まで楽しい日々を過ごせている。 なんの努力もせずにタクシー運転手…